現代国際社会に於いて多数決つまり民主主義は金科玉条のやうに
絶対正義であり至高の正義とされてゐるのかもしれない
まぁ其処迄信じ込んでゐる人はさう多くはないのかもしれないが…
少し考へれば判るが
多数決の延長線上には少数者の殲滅抹殺があり得る訳で
選挙と云ふ多数決が絶対正義ならばさう云ふ抹殺が絶対正義となる訳だし
また候補者が欺瞞を使へば
つまり選択肢を限定する事も含めて提供される情報が正確で無いならば
或いは偏ってゐるならば
(仮に選挙自体が改竄されてゐなかったとしても)
選挙と云ふ多数決も容易く欺ける
その場合は多数決の唯一の利点である最大多数の最大幸福すら実現しない
だから多数決と云ふのはある意味恐ろしい仕組でもある
狂気を容易く絶対正義と云ひ得るのだから
かう考へると現代社会での選挙を全否定はしないにしても絶対視するのは愚の骨頂だらう
投票率が上がれば良い社会になると信じ込んでゐる人が結構ゐるやうなのだが
私から見るならば其れは先づあり得ない
日月神示は多数決を否定する
其れは神の理に反する
黄金五十六
公平と云ふ声に騙されるなよ。
数で決めるなと申してあらうがな。
ヒカリ八
数で決めやうとするから数に引かれて悪となるのざ、数に引かれ困らん様 気付けよ。
星座五
悪の仕組通り、悪平等、悪公平の選挙でえらび出すのざから、出るものは悪にきまっているでないか、
悪もよいなれど、悪も神の用(ハタラ)きであるなれど、悪が表に出ること相成らん。
五葉九
平等とか公平とか申すのは悪魔のワナであるぞ、天地をよくみよ、人民の申す如き平等も公平もないであろうがな、
一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるぞ、一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂天であるぞ。
これが公平であり平等と申すもの。
人民は選挙と申すマヤクに酔ってゐるぞ、選挙すればする程、本質から遠ざかるぞ。
他に方法がないと定めてかかるから、悪魔に魅入られてゐるから判らんことになるぞ。
世は立体であるのに平面選挙していては相成らんぞ。
平面の数で定めてはならん、立体の数に入れよ。
月光七
多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。
投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。
それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ。
人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり、立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ。
ぢゃと申して独裁ではならん。
結果から見れば神裁ぢゃ。
神裁とは神人交流によることぞ。
しかし実際今の人類にはどうにも出来ないやうな気がする
結局現状を見るに選挙は利用されて一部の既得権益者の都合のいい世界がほゞほゞ平和裡に出来上がった訳だし
選挙を否定して独裁になったとしても結局は同じで
平和裡にではなく多分に暴力的に一部の既得権益者の都合のいい世界が出来るだけだ
だから神示の云ふやうに立体つまり精神性を含めた
神の理に沿った仕組の実現の為には
本当に一人ひとりが変容しなければならない
上面だけではなく
知識を増やすだけではなく
根本的に変容して
一人ひとりが世界観では無く世界を生きなければならないのだが
其れはまだ
恐らくは少しだけ
先の話になりさうだ