日月模様 ~日月神示を読みませう~

日月神示の研究とまとめの中間報告及び「道」に関する記述など    (※写真は全て管理人が撮影したものです)

出づ道は二つ、一はひらく道、二は極む道、
道出で世に満つ、ゑらぎゑらぐ世ぞ。
・・・
繰り返しのやうな記事もありますがあしからず
すべては私見に過ぎません

神示読めよ

富士十三
『この神示よく読みてさへ居れば病気もなくなるぞ
さう云へば今の臣民
そんな馬鹿あるかと申すが よく察して見よ
必ず病も直るぞ
それは病人の心が綺麗になるからぞ

洗濯せよ掃除せよと申せば
臣民 何も分らんから あわててゐるが
この神示よむことが洗濯や掃除の初めで終りであるぞ
神は無理は言はんぞ
神の道は無理してないぞ
よくこの神示読んで呉れよ
よめばよむほど身魂みがかれるぞ
と申しても仕事をよそにしてはならんぞ
臣民と申すものは馬鹿正直ざから
神示よめと申せば神示ばかり読んだならよい様に思うてゐるが裏も表もあるのぞ』

まぁ確かに神示を読めば
身魂が磨かれ
心身共に病から回復する事もあるだらうが

正直な話
神示を読むだけで病が治ると云ふのは
大半の私らには無理だらう

神示を読むだけで身魂の掃除洗濯になるのは
生まれ赤子の心で読んだ場合だけであるから
生まれ赤子の心を去る事 数億光年の
殆どの私らには土台無理な話なやうに思ふ

神示の音読に効果があるのもやはり純粋な者らだけなのでは無いか

とは云へ読まねば真理から益々遠去かるばかりであるから読まねばならぬし
読んでも濁ってゐるから取り違へるばかりだし
現状はなかなかに厳しいと思はれる

結局神示を読む時に自分と云ふモノが残ってゐると
神示を自分の世界観に当て嵌めやうとしてしまふ
神示を細分化し歪めてしまふ

さうでは無くて逆に
自分を神示に当て嵌めると云ふか
(仮にではあるが)神示を絶対化して読むと云ふか
中心軸を神示に置くと云ふか
さう云ふ読み方をすれば或いは何とかなるのかもしれない

しかしまぁいづれにしても
一言一句逃さぬやうに
徹底的に丹念に読む事は絶対に必要だらう



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新しき御代の始めのタツの年

春一
『新しき御代の始めのタツの年
スメ大神の生れ出で給ひぬ』

日の出二
『九歳は神界の紀(もと)の年ぞ
神始めの年と申せよ』

私見だと神始めの九の年は2024年になる
2024年は辰年だが
大本神諭に於ける神仕組の十年に当て嵌めると辛酉の年になる


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下十四
『元の神の代に返すと申すのは譬へでないぞ
七から八から九から十から神烈しくなるぞ
臣民の思ふ通りにはなるまいがな』

七の年は2022年

トドメノフミ
『改心いたすは午の秋
ここまでなりぞと申すぞよ
午の秋ぞと申すぞよ
未が出たなら皮を剥むき敷しき物もの変えると申すぞよ』

これを大本神諭の干支を当て嵌めると
午→2021年
未→2022年

天五
八から九から十から百から千から万から何が出るか分らんから神に献げな生きて行けん様になるのざが
悪魔にみいられてゐる人間いよいよ気の毒出来るのざぞ』

 八の年は2023年

どうも私には神示の神仕組が2020年前後の十年を指し示してゐるやうにしか思へず
さうして天地もイシヤも仕組通りに動いてゐるやうに見えるのだが

しかしどうにもかうにも
肝心要のヒフミの仕組が音沙汰も無いやうに思へて仕方の無い訳ですが

読み違へたか
遅延の発生か

まぁ現状はまだこれでいいのだと読み取れる箇所も無くは無いし
(既に動きが無ければおかしいと読める箇所もなくは無いのだが)
恐らくは私の知らぬ何処かで何かが既に動き始めてゐると信じたい…


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天地人

ウミ十七
『天地ひっくり返ると云ふことは
ミタマがひっくり返ると云ふことぞ』

アホバ十五
『世の建替と申すのは
身魂の建替へざから
取違ひせん様致されよ』


世界が逆さまなのは自分が逆さまだから
自分が戻れば世界も元に戻る仕組

世界と自分は不可分
先づは自身を把握しなければどうにもならないが
其れすらも生半可な作業では無い…


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慢心取り違ひは調和の邪魔

富士二二
『われがわれがと思ふてゐるのは調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ
この御道は鼻高と取りちがひが一番邪魔になるのぞと申すのは慢心と取りちがひは調和(まつり)の邪魔になるからぞ
ここまでわけて申さばよく分かるであろう
何事もマツリが第一ぞ』


調和 マツリ 祭 祀…
先づは「・」(無)に纏らふ事
其れが全てであるとも云へる
無が判らぬなら道でも神でもいい

慢心 取り違ひ
私は私が私こそはと思ふ事
要するに自意識過剰なのだらうが
さうである限りは「〇」(有)に終始するだらう
道にも神にも遠いままだ

実際どうにもかうにも
日月神示の読者ですら
我が我がと優越感にしがみつく人間が多いやうに感じるのだが
人間達の
其れもごく一部の人間達の頂点立った所で何がどうなるのだらう
譬へ全人類の頂点に立ったとして
それで何をどう満足出来るのだらう
そもそも何を持って優越と云ひ頂点と云ひ満足と云ふつもりなのか

如何なる頂点も結局は自分で作った砂上の楼閣に過ぎないのではなからうか

「いやいや自分は優越感など求めてゐないよ」と云ふなら其れは其れで良からうが
其処に自己欺瞞が無い事を祈るのみである

満足とは何か
優越とは何か
自分が何を何故求めてゐるのか
自分の言動に多少なりとも違和感を感じるならば
多少なりとも空回り感を感じるならば
徹底して問ふべきだらう



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学も無くてはならぬが

日の出六
『神界の事は人間には見当取れんのであるぞ
学で幾ら極め様とて会得(わか)りはせんのざぞ
学も無くてはならぬが囚はれると悪となるのざぞ』


学も金も政治も思想も宗教も
さうして神も
囚はれると悪になる

何故なら真の神とは絶対自由だから
絶対自由だからこそ人間には見当がつかない


逆に云ふならば…
囚はれさへしなければ
好きにすれば良いのだらう


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三種の神宝

富士三
『玉とは御魂(おんたま)ぞ
鏡とは内に動く御力ぞ
剣とは外に動く御力ぞ
これを三種(みくさ)の神宝(かむたから)と申すぞ

今は玉がなくなってゐるのぞ
鏡と剣だけぞ
それで世が治まると思うてゐるが肝腎の真中ないぞ
それでちりちりばらばらぞ』


自己省察は内に働く「鏡」
対外的言動は外に働く「剣」
内でも外でも無い真中である「玉」

玉とは人の真中
己の真中心
即ち「・」

其れは何であれ認識されたモノでは無い
認識対象になり得る何かでは無い
純粋存在性
認識され得ぬ認識者

日月神示を前提とするならば
恐らくはこれが最重要

勿論物質文明社会を前提にするならば
最重要事項となるのは
(人によりけりだが)
金銭だったり資産だったり人間関係だったり知名度だったりするのだらう


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何もかも捨てる神民さひはひぞ

上四一
『何もかも捨てる神民さひはひぞ
捨てるとつかめるぞ』


断捨離もいいが
其れよりも心の内から捨て去るのがいい
心の内からならば全てを捨てられる
自分の肉体すらも

さうでなければ所有概念の虚構性を完全に見破るのがいい
自分の肉体に対する所有概念すらも虚構で架空で仮設定なのだと

では何故捨てなければなら無いのか
或いは所有が虚構だと思ひ知らねばなら無いのか

何故ならば
全てを捨てた後に残るのが「・」だからだ
日月神示の最重要事項であり
一厘の仕組=岩戸開きの鍵である「・」だからだ



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幽界人(がいこくじん)

下十六
『神の国ぞと口先ばかりで申してゐるが
心の内は幽界人(がいこくじん)沢山あるぞ』


私見によるなら
幽界人と云ふのはつまり
表層
仮象
現象界に完全に囚はれた人を云ふ

國家や民族や年齢や社会的地位や収入が価値基準になってゐるなら要注意だ


上十五
『縁ある人は早く集めてくれよ
縁なき人いくら集めても何もならんぞ
縁ある人を見分けてくれよ
顔は神の臣民でも心は外國身魂ぞ
顔は外國人でも身魂は神の臣民あるぞ』


此の外國は地上的意味と幽國を掛けてゐるのだらう
以下のやうに解するのがいいだらう

「顔は神の臣民でも心は幽國身魂ぞ
顔は外國人でも身魂は神の臣民あるぞ」

当たり前だが
日本人でも幽國人(がいこくじん)は多くゐるし
外國人だから幽國人だと云ふわけでもない

外國=幽國では無い


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この道は道なき道

地十二
『この道は教でないと云ふてあらうが
教会やほかの集ひでないと申してあらうがな
人集めてくれるなと申してあらうがな
世界の臣民みな信者と申してあらうが

この道は道なき道
時なき道ぞ
光ぞ
この道でみな生き返るのざぞ』


道は言葉になり得るが
言葉の表現に固執すると道を見失ふ

道は宗教の形を取り得るが
宗教の形に固執すると道を見失ふ

さうして道に時は無いから
百億年前も今も百億年後も道は道である
真理は真理である
時間は関係無い

誰もが 森羅万象一切が
道に属してゐるのだから
人を集める事に本質的な意味は無い

道はただのあるがままの当たり前の事実だ
つまり「これ」

其れを神だ無だ宗教だ教祖だ覚者だ教義だ戒律だ使徒だ信者だ神父だ牧師だ僧侶だ神主だ聖だ俗だ何だかんだと名付けて分割するから判らなくなる

但し名付けて分割する事自体が悪なのでは無い

老子
『道の道とすべきは
常の道に非ず
名の名とすべきは
常の名に非ず
名無きは天地の始め
名有るは万物の母』

道に固執するならば道を踏み外し
名に固執するなら名は迷ひを生むだけだが
固執さへしなければ

名無きは天地(てんち)の始め→「・」
名有るは万物(ばんぶつ)の母→「〇」

「・」(道)は名付けることにより
「〇」(世界)と成り
世界において道を生きる事により
地上は「☉」(ミロクの世)となる


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またたきの間に

下ニ八
『またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来るからくどう気つけてゐるのざ
さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ
用意なされよ』

富士二十
『臣民と云ふものは目の先ばかりより見えんから呑気なものであるが
いざとなりての改心は間に合はんから
くどう気つけてあるのぞ
日本ばかりでないぞ世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな』



神仕組通りなのか否かは知らぬが
現状はかなり切羽詰まってゐるとおもふのだけど…

911も311も
コロナでは少し間があったけど
瞬く間に時節は変転する
だから予め用意しない限り間に合は無い

岩戸開きに関する限り日和見は無しだ



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これでよいと云ふことないぞ

水十一
『これでよいと云ふことないぞ
いくらつとめても
これでよいと云ふことはないのざぞ』


神示の道は終り無き道
永遠にして無限の道


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悪の仕組

磐戸十
『悪の仕組は日本魂をネコソギ抜いて了ふて日本を外国同様にしておいて一呑みにする計画であるぞ
日本の臣民 悪の計画通りになりて尻の毛まで抜かれてゐてもまだキづかんか

上からやり方かへて貰はねば下ばかりでは何うにもならんぞ
上に立ちてゐる人日に日に悪くなりてきてゐるぞ』


どうもね
いろいろとこの通りになりつつあるやうだ
既に状況は手遅れになって久しいと思はれる

其れでも政府を信じると云ふなら勝手にすればよろしからうが

まぁ全力で目を背けて
全力で薔薇色の夢を見てゐたいならさうすればよろしからうが

其の夢の中に死ねるとは限らないのだがな…


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ナルトの仕組の一面

五葉二
『鳴門の渦巻を渡る時はカヂをはなして手放しで流れに任せると渡れるのであるぞ
カヂをとると同じ処をグルグルぢゃ
カヂをはなせる人民少ないのう

何んでも彼んでもカヂをとって自分の思ふ通りに舟を進めようとするから大変が起るのぢゃ
渦にまかせる時はまかさなければならんぞ
ナルトの仕組の一面であるぞ
大切ごとぞ』

無論自分でやらねばならぬ時はやらねばどうにもならないが
何でもかんでも自分でやらねばならない訳では無い

寧ろ委ねる事
成るに任せる事
手を出さない事
黙ってゐる事
知らぬフリをしてゐる事の方が大事な事も多い

任さねばならぬ時と
自分でやらねばならぬ時の見分けは
其れはもう完全な自己責任で自分自身で感じ取る他はないだらう


さうして此れはナルト(成る十)の仕組の一面
つまりミロクの世での在り方の重要な側面になる大切な事である



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幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違ふがな

日月二七
『臣民はどない申しても近慾ざから先見えんから慾ばかり申してゐるが
神は持ち切れない程の物与へてゐるでないか
幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違ふがな
それで何不足申してゐるのか

まだまだ天地へ取上げるぞ
日々取上げてゐる事わからんか
神が大難を小難にして神々様御活動になってゐること眼に見せてもわからんか
天地でんぐり返るぞ
やがては富士晴れるぞ
富士は晴れたり日本晴れ
元の神の世にかへるぞ』


私らは我が強過ぎて
私らの物質的世界観は強固過ぎて
無数の価値観や感情や欲望が複雑に錯綜して
ゴルディアスの結び目のやうに絡まってしまった

其れを解きさへ出来れば神に届くと云ふのに
私らには難しいらしい

かつてダンテス・ダイジ師の語った処に拠れば
其の結び目を解くのが真性のヨガであり
一刀両断に断ち切るのが禅なのださうだ
ヨガと禅の向き不向きは人それぞれだが
どちらに向いてゐるのかは身魂の来歴に左右されるのだらう

また別の師によるならば
徹底した狂気の哲学か
徹底した冥想のどちらかによってのみ
人は神に至るのだと云ふ

いろいろと忙しい私らは
神から遠去かるばかりのやうだ…


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一度マカリタと思へ

日月十九
『今のやり方 考へ方が間違ってゐるからぞ
洗濯せよ掃除せよと申すのはこれまでのやり方考へ方をスクリと改める事ぞ

一度マカリタと思へ

掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ
ゴモク捨てよと申してあろがな
人の心ほど怖いものないのざぞ』

人によりけりではあるのだらうが
頭の切り替へと云ふのはなかなか難しいのかも知れない

理不尽な事象に遭遇してみれば判るだらう
罵ったところでバカを見るだけであるから
即座に意識を切り替へればよいのだらうが
其の事象について感情的にとやかく考へてしまひがちの人も多いのでは無いか

さうしてさう云ふ時は…

一度マカリタと思へ
(一度死んだと思へ)

これは要点のやうに思はれる

形而上に於ける死は
人の変容に於いて非常に重要である


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現代の政治と経済

さて…現代社会の政治も経済も胡散臭い事この上無いですけれども
日月神示にはどのやうに記されてゐるでせうか

とりあへず反面的に天國の政治について引用してみませう

ジシン十九
『天国の政治は歓喜の政治である
故に戒律はない
戒律の存在する処は地獄的段階の低い陰の世界であることを知らねばならない

天国の政治は愛の政治である
…故に与える政治として現われる』

この人類社会は地獄的段階の低い陰の世界だった訳ですね
道理で…
なるほど納得致しました

では地上の
つまり地獄的段階の低い陰の世界の政治経済は如何に記されてゐるのでせうか

日月六
『今の経済は悪の経済と申してあろがな
もの殺すのぞ
神の國の経済はもの生む経済ぞ

今の政治はもの毀す政治ぞ
神の政治は与へる政治と申してあろが』

今の政治経済はヒトを含む生命も地球生態系も壊してきた訳ですが
私ら人間の文化も壊して来たのですね

正直な感想としては
もはや狂気の沙汰である

まぁ狂気と思ひつつ其の政治経済から独立する気力も無く惰性に流される私が云ふのも何ですけど
いやしかし其れらもまた神仕組の中の話であるから無理してまで独立しなければならない必要性の無い事も神示的には確かなのでせう

さうして実際其の狂気の中に於いても個人が学び得る事は無数にあるでせう

地十八
『われよしの政治ではならんぞ
今の政治経済はわれよしであるぞ
臣民のソロバンで政治や経済してはならんぞ

神の光のやり方でないと治まらんぞ
与へる政治がまことの政治ぞよ
臣民いさむ政治とは上下まつろひ合はす政治のことぞ

日の光あるときは いくら曇っても闇ではないぞ
いくら曇っても悪が妨げても昼は昼ぞ
いくらあかりつけても夜は夜ぞ
神のやり方は日の光と申して くどう気つけてあらうがな

政治ぞ これは経済ぞと分けることは
まつりごとではないぞ
神の臣民 魂と肉体の別ないと申してあること分らぬか
神の政治はやさしい六ヶしいやり方ぞ
高きから低きに流れる水のやり方ぞ』


果たして新しい政治経済の訪れる日はあるのだらうか…



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日月神示の極致

日月五
神の国には神も人も無いのざぞ
忠も孝もないのざぞ
神は人であるぞ
山であるぞ
川であるぞ
めである
野である
草である
木である
動物であるぞ
為すこと皆忠となり孝とながれるのぞ

死も無く生も無いのぞ
神心あるのみぞ


神示の極致

今の私らには
さう簡単には届かぬだらう

しかしまぁこれは結局
仏教で云ふところの無分別智だらう

生と死の分別を落とせば神心しか残るまい…



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残る人口

大峠の向かうへどれ程の人が行けるのだらう…
上三十八
『三分の一の臣民になるぞ
これからがいよいよの時ざぞ』

三分の一になって更に減るなら4千万人以下か
松二
『臣民無くなるぞ
残る臣民 三分むつかしいぞ
三分と思へども二分であるぞ
邪魔せん様に分らん臣民 見物して御座れ
ここまで知らして眼覚めん臣民なら手引いて見てゐて御座れ』

二分なら2千4百万人

黄金二
『二分の人民 結構に生きて下されよ
喜び神ぞ』

以上からすると二分から三分は残り得る筈なのだが
現状はどうも厳しいらしい

黄金二十六
『間に合ふ守護神 
九分通り悪になってゐるぞ』

富士五
『神の臣民
掃除洗濯出来たらこの戦は勝つのぞ
今は一分もないぞ
一厘もないぞ』

地二十二
『今の臣民九分通り〇になりてゐるぞ
早う戦すませてくれと申してゐるが
今 夜明けたら臣民九分通りなくなるのざぞ
お洗濯第一ざぞ』

九分から九分九厘はどうも遅れてゐるやうだ
間に合ふ筈の者らも九分通りは〇(物質界/仮象界)に囚はれてしまってゐるやうだ

要するに私らの身魂の掃除洗濯が大幅に遅れてゐると云ふ事だ
ただ…

黄金六十三
『三分残したいために三千の足場と申してあるのぢゃ
早う三千集めよ』

もしかしてもしかすると
神の足場となる者
つまりマコトの神かかりの者が三千人ゐれば
三分を残す事が可能なのかも知れない

其の辺りの因果や原理は今の私には判らぬし
残る三分もある程度は掃除洗濯出来てゐ無ければならぬのは確かなのだらうけれども


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神の言葉と申しても…

下三七
『臣民は神の入れものと申してあろが』

とは云ふものの
日月神示は神の云ひなりになる傀儡を作りたいわけではない

雨一
『神はせよと申す事するなと申す事もあるのざぞ
裏の裏とはその事ぞ
よく心得て下さりて取違ひ致すで無いぞ』

神示に書いてあるから
神の言葉だからと云ふ理由だけで
機械的に従ってはならぬのだらう
黄金二九
『心して怪しと思ふ事は譬へ神の言葉と申しても一応は考へよ
神の言葉でも裏表の見境なく唯に信じてはならん』

神は私らを試す事がある
馬鹿正直に盲信してはならない
何か違くないかと違和感を感じるならば
一度立ち止まって考へる必要がある

霊言やらを鵜呑みにして
受け売りの言葉を吐く傀儡になってはならない

結局私らは私ら自身の本音の本音を生きねばならない
神示は支へにはなるだらうが
道を歩くのは自分自身である

つまり私らは私ら自身を
自分自身を裏の裏まで知り尽くさねばならない



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日月神示における理屈と思考

夜明け七
『理屈無い世にするぞ
理屈は悪と申してあろが理屈ない世に致すぞ
理屈くらべのきほひ無くして仕舞ふぞ』

黒鉄三
『理屈は一方的のものぞ
どんな理屈も成り立つが
理屈程 頼りないもの
力にならんものないぞ
理(リ)が (カミ)の御能(オンハタラキ)ぞ
よく見極めねば間違うぞ
囚はれるなよ』

あゝ云へばかう云ふ人ってゐますよね
あれは何なのだらう
理屈で勝って優位に立ったつもりなのだらうか
マウント取ったつもりでドヤ顔してるの多過ぎだろ…我の強い人が多くて疲れてしまふ…と云ふのはともかく

理と理屈は異なる
理とはただの事実である
或いは真の科学である
理屈とは極めて狭量な視野の似非科学である…と云へばいいだらうか

尤も理屈は思考に基づいてゐると思はれるが
理屈を否定する日月神示は思考そのものを否定してゐる訳では無い

黄金二
『為せよ
行ぜよ
考えよ
考へたらよいのぢゃ
為すには先づ求めよ
神を求めよ
己に求めよ
求めて理解した後 為せ
為して顧みよ』

精神世界やら何やら
道の初めにおいて思考をやたらと否定する者もゐるやうだが
其れは違ふだらう
思考が大切なのは確かだ

黄金十三
『理解大切
理解結構
思考しなければ これからは何も出来んぞ

とは云へ思考に凝り固まったままでもまた道を踏み外す

don't think !  feel !  と云ふのは
思考するなと云ふよりは
思考に固執するな
思考に拘泥してはならないと云ふ意味だらう

秋四
『今迄の考へ方を変へよと申してあらう』

どうも思考方法を変へねばならぬらしい

月光四十一
『そなたはいつも深刻な顔をして考へ込んでゐるが考へ方にも幾通りも御座るぞ
考へは迷ひと申してあるのは
そなたのような場合ぞ。』

方法によっては思考は理屈に成り下がり
迷ひになる

月光四十
『考えてゐては何も成就せんぞ
神界と交流し
神界に生き
神界と共に弥栄すればよいのぢゃ
人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ
今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな
迷ひを払って真実に生きよ』

迷ひでは無い思考を私らは身に付けねばならない

具体的にはどう云へばいいのだらう
視野を…恐らくは極限まで…広げる事

其れよりも自身の思考を徹底的に否定してみるのがいいかもしれない
もしも其処に否定し切れない思考が残ったのならば
私らは其の思考を生きる他は無いだらうから

無論…其の思考が更に其の後に否定された場合は
また新たな別の生を生き始める他無い訳だが




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雨の日は雨

上三八‬
‪『雨の日は雨‬
‪風の日は風といふこと分らんか‬
‪それが天地の心ぞ‬
‪天地の心を早う悟りて下されよ‬』
天地の心に委ねる事
成るに任せる事

五葉七
『昨日は昨日
今日は今日の風
昨日に囚はれるなよ


過去に固執しない事
さうして未来にも固執しない事


私らは「我」が強過ぎるのだらう
私は
私が
私の
私こそ…

さうして昨日に固執し明日を支配しようとして
天地の心を見失ふ


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宮澤賢治のメモより

窮すれば通ず
窮すれば通ず
さりながら
たのむは
こゝろのまことなりけり
こゝろひとつぞ頼みなりけり
こゝろのみにぞさちもこそあれ

…意はさりながらただ心を整ふることによりてのみ完全にその逆境を脱すと解せられたりき

夢中ある社殿にて神官装の人の朗詠し亦書せり

宮澤賢治のメモより

これは日月神示に通じるやうに思ふ

逆境には必ず通り抜ける道がある
しかし心のマコトが無ければ其の道を見出せぬだらう

こゝろのまこと
こゝろひとつ
こゝろのみ

私見によるならこれは日月神示における「・」と同義である

宮澤賢治は只者ではなかったのだな…



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心の建て直し

海七
『今度は先づ心の建直しぢゃ
どうしたら建て直るかと云ふ事
この神示読んで覚りて下されよ』

海十七
『天地ひっくり返ると云ふことはミタマがひっくり返ると云ふことぞ
神示読みて聞かせよ』

青葉十五
『世の建替と申すのは身魂の建替へざから
取違ひせん様致されよ』


つまりどう云ふ事なのかと云へば

人の世は人の心の写しだから
人の心が建て直らぬ限り
人の世が建て直る事は有り得ない

選挙や社会活動や革命やテロや戦争や天災や
さう云ふ外的な作業では
人の世は本質的には何も変はらない
上部は変はっても遅かれ早かれ同じ事を繰り返し続ける
だから其れらは神示とは関係が無い
否定でも肯定でも好きにすれば良いが
時間と労力の無駄であると云へなくも無い
尤も其の過程に何らかの意味が有ると云へなくも無いのは確かかもしれない
まぁ暴力的な事は止めて貰いたいのが本音ではあるが

一人ひとりが変容する事によってのみ
人の世は変容する


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季節外れの写真だが気にしないで頂きたい


そのままでは帰られん

月光十四
『流れ出たものは又元にかえると申してもそのままでは帰られんのであるぞ
天から降った雨が又天に昇るには形をかえるであらうが』

私らの全てが神から流れ出たとは云へ
今のままの私らでは絶対に神には還れない
その為に身魂の掃除洗濯がある

私らは神からの流出と
神への回帰を繰り返す
寄せては返す波のやうに
或いは呼吸のやうに

其の神からの最外縁に此の物質界はあるのだと云ふ


或いは…此の帖は
もっと端的に生と死を示すのかもしれない

天から生まれて死を潜り抜けて天へと帰る

死の彼方から生まれ来た私らが
再び死を過ぎて彼方へと帰る

けれども此の物質的身体…肉体のままでは帰れないので
私らは形を変へる
つまり肉体を離れる

人は其れを死と呼び
脅威や恐怖の最上位の一つに置く


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真上に真直ぐに神を戴いてくれよ

日の出十三
『真上に真直ぐに神を戴いてくれよ

斜めに神の戴いても光は戴けるのであるが
横からでもお光は戴けるのであるが
道は真直ぐに
神は真上に戴くのが神國のまことの御道であるぞ』


もしも神を自己の外に意識したいならば自己の直上に意識するのが良いやうだ

私が幾らかの書籍を読んだ限りでは
これはチャクラと関係してをり
神との接続において重要なやうに思はれる

さうしてどうも真上に対しては自我の働きが弱くなる若しくは停止する傾向があるやうな印象を受ける事からしても
神を受け入れ易くするのだらうと推測する

と云ふ訳でもしも神を意識したいならば
通常するやうに斜め上では無く
自己の真上
脊椎から伸ばした線が頭頂を貫き届く其の先
当然自分の視野の外になるが
其処に神を意識してみてはどうだらう



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引き寄せの法則

扶桑十
『何事が起って来ても先づ喜んで迎へねばならん
近づいて来るのは呼び寄せたからぢゃ
こんな嫌な汚いものは御免ぢゃと申す人民もあるなれど其れは皆己の心の写しでないか
内に無いものが外から近寄る道理ないのぢゃ

どんなものでも喜んで迎へると喜びとなる仕組よく会得せよ』


これは引き寄せの法則と云へるだらう

引き寄せの法則は“願望実現の法則”だと一般には思はれてゐるやうだが
其れは其れで間違ひではないのだらうが

むしろ“周囲を見て自身を知る為の法則”だと思った方がいいやうに私は思ってゐる

とは云へ周囲の全てが全て自分のせいだなどと思ふとおかしくなって来る訳で

とは云へ嫌な事は何もかも他人のせいにするなら神示を読む意味がない訳で…

だから恐らく此処で重要なのは周囲観察からの自己省察であって
其れを身魂磨きや身魂の掃除洗濯に繋げる事であって
何であれ事象の変転の結果は重要ではないやうに思ふ

つまり其れが実際に自分で呼び寄せたのかどうかは重要では無いのではないか
だから願望実現はオマケのやうなモノだらう

しかし「どんなものでも喜んで迎へると喜びとなる仕組」とはね…
そもそも感情とは御し難いもの
理屈で必然性を理解するなり
其処に何らかの肯定的な意味を見出すなりしなければ「喜んで迎へる」のは非常に困難なやうに私には思はれるし
納得出来ぬのに無理して喜ぶのは…どうなのかね
むしろ自身の「喜べない」と云ふ嘘偽らざる性根を直視した方がいいやうに思ふのだが



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神の國八つ裂き

地六
『神の國八つ裂きと申してある事いよいよ近づいたぞ
八つの国一つになりて神の國に攻めて来るぞ』

これは経済的な比喩だらうか
既に日本國経済は外資に相当喰い荒らされ喰い散らかされてゐると聞く
正に八つ裂きにされつつあると云へさうだが

其れともこれは実際の軍事行動を伴ふ事象を指すのだらうか
以下はまるで日本が国連の統治下に入るかのやうな記述だが

富士三
『メリカもギリスは更なり
ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るからその覚悟で用意しておけよ
神界ではその戦の最中ぞ』

現状実際に主要各国の軍隊が日本へ動くとは考へ難いが
もし米中戦争が始まるならば絶対確実に巻き込まれるだらう

ただ…

‪上三五
『まだまだ悪魔はえらい仕組してゐるぞ
神の国千切りと申してあるが
喩(たと)へではないぞ‬』

神の國千切りが譬へでないと云ふならば
現実の軍事行動により
日本が分割統治される可能性が出て来る

まぁ現実的とも思へぬ
ありさうもない話になるが

ただ日本を国連の監視下に置く口実だけなら簡単に作れるだらう
イラクの大量破壊兵器疑惑と同じである

つまり日本の核兵器保有疑惑である
50基を越える数の原子炉から出た大量のプルトニウムの量が報告と合はない…
日本は核兵器を作るつもりなのではないか
否…既に保有してゐるのではないかと

他に考へられる口実は…
譬へば原発事故の後始末があまりにも杜撰で太平洋から世界に放射能汚染を広げつつあるので日本政府に統治能力を認めない…とか

日本が米国の属国である限り
余程の事がない限り
これはつまらぬ妄想に過ぎないだらう

しかしまぁ実際日本経済がひたすら消耗しつつあるのは確からしいから
仮に日本が戦争に巻き込まれなかったとしても苦難の時代が訪れるのは間違ひないやうに思ふ


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一厘の仕組

‪日月神示には一厘の仕組と云ふのがある
これは非常に重要なので
少し長いが引用してみる

下九
『‪今度の戦は☉と〇との大戦ぞ‬
‪神様にも分らん仕組が世の元の神がなされてゐるのざから‬下(しも)の神々様にも分らんぞ‬
何が何だか誰も分らんやうになりて‬
‪どちらも丸潰れと云ふ所になりた折‬
‪大神のみことによりて この方らが神徳出して‬
‪九分九厘という所で神の力が何んなにえらいものかと云ふこと知らして悪のかみも改心せなならんやうに仕組みてあるから神の国は神の力で世界の親国になるのぞ‬
‪☉と〇とは心の中に「・」があるか「・」がないかの違ひであるぞ。』

つまり世界が混沌とし
NWO(イシヤの仕組)の完成は絶望的になり
無論日本も他の國も崩壊しつつある時
人類文明の再起が九分九厘絶望的になった時
神の一厘の仕組が発動するのだと云ふ
さうして其処から全く新しい文明が始まるのだと云ふ

(追記するならば)或いはこちらの引用の方がいいのかもしれない

上二八
『神の国を千切りにして膾(ナマス)にするアクの仕組は分りて居る
アクの神も元の神の仕組を九分九厘までは知ってゐて天地ひっくり返る大戦となるのぞ
残る一厘は誰も知らぬ所に仕かけてあるが
この仕組心で取りて呉れよ』


では其の一厘の仕組とは何か

下ニ一‬
‪『一厘の仕組とは〇に神の国の・を入れることぞ‬
‪よく心にたたみておいてくれよ‬』

‪ では「〇」と「・」とは何か

富士五‬
‪『・は神ざ
〇は臣民ぞ
〇ばかりでも何も出来ぬ‬
‪・ばかりでもこの世の事は何も成就せんのぞ‬
‪それで神かかれるやうに早う大洗濯して呉れと申してゐるのぞ‬
‪神急(せ)けるぞ‬
‪この御用大切ぞ‬
‪神かかれる肉体 沢山要るのぞ‬
‪今度の行は〇(臣民)を綺麗にする行ぞ‬
‪掃除出来た臣民から楽になるのぞ』


〇は人
・は神
人に神が入り(神人)となる
つまり少なくとも次の文明の礎になる人々は神人である
神かかってゐる人々である

此処で問題になるのが神かかりとは何かであらう

これはつまらぬ霊媒師やら霊能者の事ではない
どれほどの“本物の”高級神霊と通じたところで
其れはマコトの神かかりでは無い
つまりいはゆる神かかりやら霊かかりはマコトの神かかりでは無い
ほぼほぼ無関係だと思っておいた方が良い
どうか騙されませんやうに…

ではマコトの神かかりとはいかなるものなのか
いづれまとめて記事にするつもりだが
今回は端的に記してある帖を引用して終りにしよう

月光四九‬
『いつでも神かかれるように神かかってゐるように
神かかっていても
われにも他にも判らぬようになりて下されよ

鍬とる百性が己をわすれ
大地をわすれ
鍬をわすれてゐる境地が
まことのみたましづめであり
神かかりであるぞ』


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宗教では無い

下一
『この道は宗教ではないぞ
教会ではないぞ
道ざから今までの様な教会作らせんぞ
道とは臣民に神が満ちることぞ』


日月神示は今迄の宗教とは別に考へた方が良い

宗教とは道(タオ)の一つの表現形式だと云へば良いのだらうか

日月神示は道を示す
だから其処には当然宗教も含まれるが
宗教と云ふ枠組みに拘束されたままなら日月神示を見失ふだらう

日月神示は一人ひとりの道への参入を求める
其れは一人ひとりの変容が不可欠と云ふ事だ

「道とは臣民に神が満ちる事」

其れがつまり神示の示す道である

既存の宗教の中で道に至れるならば其れで十分なのだが
経路は其れだけでは無いし
実際既存の宗教の枠組みは小さくなり過ぎて道に至るのはほぼほぼ困難なやうに思はれる



ところで…
救世主とは変容の波の事ではないかと私は思ってゐる
其の波に乗れるのか否かは其れ其れの身魂磨きの程度による…


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分らんと申すのは…

日月神示を読んではみたけど何が何だか判らないと云ふ人もゐるかもしれないが
日月神示にはかうある

地三十六
『分らんと申すのは神示読んでゐないしるしぞ』

つまり神示を本当によく読めば判る筈らしい

しかし中にはやっぱり判らないから誰かに聞いてみようと云ふ人もゐるかもしれないが
日月神示にはかうある

ウメ十
『もの聞くもよいが
聞かんでは判らん様では幽国(がいこく)身魂ぞ』

要はとにかく日月神示を読む事
さうして縁があるならば人に聞かずとも判る筈であると神示は云ふ

此れは少し不親切なやうに聞こえるかもしれないが
神示の核心に迫る上では仕方のない事である

社会的な事柄や科学的な事柄ならば客観的に証明出来るから人に聞くのも良いだらうが
道や神示や真理に関する限り(相手が真性の覚者でもない限り)は控えた方がよい

はっきり書いてしまへば道や神示や真理は客観的に証明し得ない
イエスが磔刑に処せられ
マイスター・エックハルトが異端尋問所に消えなければならなかった訳だ

換言するなら

黒鉄四‬
‪『道は自分で歩まねばならん』‬

自分の真理は自分で見つけねばならん
他人に聞いた真理は他人の真理であって貴方の真理では無い
他人に聞いて判ったつもりになる真理は真理ではない

だから一人で神示を探究しなければならないのだが…

危険性もある

縁のない者らは容易く神示を否定するが其れは人の勝手であるからどうでも良い

最悪なのは神示を肯定して
場合によっては狂信さへしてゐるかもしれないが
全く誤読してゐる場合

神示を読んで
表面的な部分的な
己の観念に合致する言葉にだけしがみついて判ったつもりになる事
自分の観念に合ふやうに日月神示を改変して利用する事

これはもう本当にどうしやうもない

だから日月神示にはかうある

ヒカリ八
『早のみ込み大怪我の元
じっくりと繰り返し繰り返し神示よめよ
神示 肚の肚に入れよ
神示が元ざぞ』

とにかくじっくりと繰り返し神示を読む事
二度や三度では読んだ内に入らん

夜明け十三
『神示 腹の腹底まで浸むまで読んで下されよ
神頼むぞ
・・・
取違へせん様に慢心せん様に生れ赤児の心で神示読めよ
神示いただけよ』

判ったつもりで読むと必ず取り違へるから
先入観なしに
固定観念や既成概念に支配されずに神示を丹念に読み込む事…


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天國にて大いなる者

聖書には幾つか好きな言葉がある
大抵はイエスの言葉とされるモノだ

マタイによる福音書  第十八章

『「しからば天國にて大なるは誰か」
イエス幼児を呼び彼らの中に置きて言ひ給ふ
「まことに汝らに告ぐ
もし汝ら翻へりて幼児の如くならずば天國に入るを得じ
されば誰にても此の幼児の如く己を卑うする者はこれ天國にて大なる者なり」』


私らは天國から遠去かるばかりだ…



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日月神示における善悪

地十七
『まことの善は悪に似てゐるぞ
まことの悪は善に似てゐるぞ
よく見分けなならんぞ
悪の大将は光り輝いて見えるものぞ
悪人はおとなしく見えるものぞ』

善も悪も偽る事が出来る
外見や上面だけの言葉
演出された雰囲気
偽の救世主に騙されぬやう気を付けねばならない

上十八‬
‪『臣民の心の鏡凹(くぼ)んでゐるから‬
‪よきことわるく映り‬
‪わるきことよく映るぞ‬』

‪私らは善悪を取り違へてすぐに騙される


しかしそもそも善悪とは何だらう
マコトの善悪と云ふならマコトでは無い善悪があるのだらう

人の善悪
神の善悪
まぁ人の善悪は時空間に左右されるからマコトの善悪とは云へぬだらう
一方神の善悪は絶対的なものだと云ひ得るが
其れは人の思ふやうな善悪とは全く違ふやうな気がする
だから勿論悪を罰するとか滅するとかさう云ふ事はない


磐戸十八
『悪と思ふことに善あり善と思ふ事も悪多いと知らしてあろがな
このことよく心得ておけよ
悪の世になってゐるのざから
マコトの神さへ悪に巻込まれて御座る程
知らず知らずに悪になりてゐるのざから』

自明だと云はずに善悪を徹底的に考へてみればいいのではなからうか
何故善で何故悪なのかと
そもそも善悪とは何なのかと


黄金十一‬
‪『善も仮ぞ‬
‪悪も仮ぞ‬
‪よく心得なされよ‬』

人の善悪は本質的に仮である
だからこれは人の善悪に限定して考へた方が良いだらう

まぁ確かに神の善悪は人の善悪とは異なるから其れを善悪と呼び得るのか微妙な気もする
神の絶対的な秩序の一面を仮に善悪と呼ぶ事も出来ると云ふ意味では神の善悪もまた仮だと云ふ解釈は成立するだらう
但しこの場合は人の善悪が仮だと云ふのとは全く異なる解釈になる


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遅れてゐる人とは

扶桑十五
『今迄の人民であってはならん
地そのものが変ってゐるのであるぞ
人民は我が強いから一番遅れてゐるぞ
人民の中では宗教人が一等遅れてゐるぞ』


全ての宗教人…ではなからうが概念や観念への固執が強いほど岩戸を越えられないやうに思ふ

神は在るものであって信じる対象では無い
闇雲に頑なに信じ込めば良いと云ふものではない
さうして自分が勝手に信じ込んだモノを他人に押し付ければ良いと云ふモノでも無い

まぁ神については信じようと信じまいと勝手だが
とにかく我に凝り固まらないやうにする事
自身の思考や信念の凝り固まりに気付き解消し続けて往く事が重要だと思はれる


本当にねぇ…我の強い人は多いよ


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神からの流出と回帰

夏二
『無限より出て有限に形し
有限から無限にかへり
又有限に動くのがマコトのやり方であるぞ』

此処からすると私らは無限より出て有限に形したものであり
また輪廻の後にいつしか無限へと回帰するのだらう

しかし…

月光十四
『流れ出たものは又元にかえると申してもそのままでは帰られんのであるぞ
天から降った雨が又天に昇るには形をかえるであらうが』

私らの全てが無限である神から流れ出たとは云へ
今のままの私らでは神に還れない
その為にはどうしても身魂を掃除洗濯し
身魂を磨かねばならない

恐らくは身魂…特に魂的に質的な何らかの変容が必要になると思はれる


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富士山頂上

絶対空は無の始めであり‬ ‪空の入り口

紫金十三‬
‪『人民の申す絶対無‬
‪絶対空は無の始めであり‬
‪空の入り口であるぞ‬
‪其処から無に入れよ‬
‪空に生きよ‬』

‪何やら簡単に云ってくれますが‬
‪私らの大半は絶対無にすら至れない‬
‪絶対空の見当すらつかぬ‬
‪ましてや其の先に広がる無限世界など夢のまた夢でも届かぬ世界だらうに…

とは云ふものの

どうやら神示の極点においては
ウ 有 有限と
ム 無 無限の理解が非常に重要になるやうだ

夏二
『無限より出て有限に形し
有限から無限にかへり
又有限に動くのがマコトのやり方であるぞ』

夏十三
『ウの中心はム‬
‪ムの廻りはウであるぞ‬
‪中心は無限‬
‪周辺は有限であること知れよ‬』

この有と無については老荘や幾つかの禅書…譬へば臨済録…が参考になる筈である

神示を解する為には神示だけでは足りぬだらう


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来年の春はどうなってゐますかねぇ
まぁ来年辺りはまだ大丈夫だとは思ふのですが

七から八から九から十から神烈しくなるぞ

富士十二
『これからいよいよ厳しくなるぞ
よく世の中の動き見れば分るであろが
汚れた臣民上がれぬ神の國に上がってゐるではないか』

何だかんだで元に戻るとか多少はいろいろあるだらうけれども大同小異で社会はこのまま続くとか
どうなのかね
私にはどうもさうは思へない


磐戸十六
『子の歳真中にして前後十年が正念場
世の立替へは水と火ざぞ』

私は前後合せて十年と解してゐるが
前十年後十年の二十年とも解し得る
いづれにしても子年の今年が真中の年なのでは無いかと思ってゐる

しかし…本当にミロクの代は来るのだらうか
来るとしたら2025年以降だが
来たとしても誰が行けると云ふのだらう
現状からするならば甚だ否定的にならざるを得ないのでは無いか


下十四
『元の神の代に返すと申すのは譬へでないぞ
七から八から九から十から神烈しくなるぞ
臣民の思ふ通りにはなるまいがな』

私見によるなら七の年は2022年となる

今年ともしかしたら来年くらゐ迄は何となく
依然として以前のままのやうな
しかし何やらもう戻れないやうな
さう云ふ曖昧な期間があるのかもしれない
天地人何もかもがおかしくなりつつあるやうだと気付く人は気付いてゐるのだらうけれども

其の後の2022年以降は本当に艱難辛苦の時代になると解釈してゐる
其れが3年半程度


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ところで2020年の今年…一部の者ら…百人に一人か千人に一人程度?…にかなり大きな
形而上的な精神的な
或いは霊的な変動がある筈なのだが八月現在まだ何も無いやうだ

果たしてこの表は正しいのだらうか
とは云へ考へ直す力は既に無いので
再解釈する事は無いやうに思ふ


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上に立つ人たちは…

上十八
『今の上に立つ人
一つも真の善い事致しては居らん
これで世が治まると思ふてか
あまりと申せばあまりぞ』

磐戸十
『上に立ちてゐる人
日に日に悪くなりてきてゐるぞ』


上に立ちてゐる人と云ふのは
政治家其の他公権力に携わるものらだけでは無い‪だらう

俳優芸能人ブロガーYouTuberモデル著作家コンサルタント…いはゆるインフルエンサーに分類される人たち全てだ

影響力や権力のある人こそ気付き改めて行かねばならないやうに思ふのだが
他人や組織の支持があればある程其れで良いのだと勘違ひして
慢心取り違ひに溺れて多くの“上に立つ人”たちが殆ど手遅れなのでは無いか

公権力者以外のインフルエンサーらも
(全てでは無いのだらうが)
どうもあまり冴えないやうに私には見える
実際の処は知らないが


これは日本に限った事ではなからうが
未だに公権力なるモノを
慕い信用し信頼し自己同一化してゐる者らも多いやうだが
その場合は残念ながら
恐らくは残念な事になるだらう

恐ろしい事に現状の日本に限らず
其の國の政府が其の國其の國民の為に存在してゐる保証は既に何処にも無くなってしまった

またインフルエンサーらに入れ込み過ぎるのも神示的には望ましく無いのだらう

そもそも日月神示における最重要事項である「・」は他人から貰へるものではないし
又他人に与へたり譲渡したり出来る物でもない
どれほどの権力者でも霊能者でも人格者でも絶対に不可能だ

「・」(其れ)は自身で見出す他は無い

覚者の書は其の切っ掛けを与へてくれるかもしれぬが
見出すのは自分自身で為す他は無いし
切っ掛け自体は聴く耳と視る眼があれば何処にでも有る


まぁ探究は絶対的に個人的なモノだが
物質的社会から見るならば
やはり上の者らが改心しなければ私ら下の者らの苦労が長引くわけですが
現状からするならば恐らくは其の儘に大峠に突入すると思はれる

‪風十四‬
‪『この世の頭(かしら)いたして居る者から改心致さねば下の苦労いたすが長うなるぞ‬
‪此処までわけて申しても実地に見せてもまだわからんのか‬
‪世界中のことざからこの方 世界構ふお役ざからちと大き心の器持ちて来て下されよ‬』


…此処はちと心を大きくして
上に立つ者らをとやかく云ふのは止めておかうと思ふ
と云ふかね
多分もう何を云っても手遅れにしか思へないのだね



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役に立つのは…

日の出二三
『此の世の位もいざとなれば宝も富も勲章も役には立たんのざぞ
此の世去って役に立つのは身魂の徳だけぞ
身についた芸は其の儘役立つぞ
人に知れぬ様に徳つめと申してあろがな』


他者の評価には本質が無い
勲章も賞金も其れだけでは名誉や資産額と云った地上的な意味しか無い

其れで内実があるなら結構な事だが
内実があれば富や宝や勲章を得られるとは限らないし
仮に富や宝や勲章がどれほどあったとしても内実が伴ふとは限らない

人は自分を偽る事が出来るし
其の嘘を自分で真実だと信じ込んでしまふ事もあるし
誰かの演出を信じるフリも出来るし
真実だと信じ込んでしまふ事もある


他者の毀誉褒貶は正確かもしれぬが的外れかもしれない
いづれであっても引き摺られるやうな価値は無い

だからさう云ふモノは
肯定も否定もせずに放置しておくのが望ましいやうに思ふ


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此度の岩戸は立体に入る門ぞ

五葉十一
『悪い人のみ改心するのでは無い
善い人も改心せねば立体には入れん
此度の岩戸は立体に入る門ぞ』


現代社会における善も悪も平面上の価値観の相違でしかない
善人は己が善で正義だと慢心し得るし
悪人は自己欺瞞で自己を取り違へがちのやうに思ふが
いづれにしても
善人も悪人も改心しなければ岩戸を超えられない

結局この文明の成立してゐる平面世界から抽出されるのは孤独と虚無しかないであらうとダンテス・ダイジも云ってゐたやうな気がするが
この文明の行き詰まりに於いて
私らは立体へと飛躍する他は無いやうに思ってゐる

さうでなければ亡びるだけだらう

其れは実際の人類絶滅なのかもしれないし
或いは超管理社会化による人類の生命的精神的躍動の枯死なのかもしれないが
いづれにしても立体へと飛躍しない限り人類に未来は無いだらう


では立体とは何か


黄金百
‪『平面の上でいくら働いても
もがいても平面行為で有限ぞ
立体に入らねばならん
無限に生命せねばならんぞ
立体から複立体
複々立体
立々体と進まねばならん』

私には
譬へば
以下のやうに思はれる

平面=物質界
一般的に認識されてゐる物質宇宙における時空間
人間社会或いは「〇」
日月神示では水或いは横として象徴される
物質的身体と云ふ有限性

立体=精神性
日月神示では火或いは縦として象徴される
但し此は平面との関係に於いてである
此処から時空間的無限に入る

複立体=霊性
日月神示では火或いは縦として象徴される
但し此は立体や平面との関係に於いてである
複立体からすると立体もまた平面の一つの様相として認識され得る

複複立体=神性
日月神示では火或いは縦として象徴される
但し此は複立体や立体や平面との関係に於いてである
複複立体からすると複立体も立体もまた平面の一つの様相として認識され得る

立立体=無
日月神示では火或いは縦として象徴される
或いは「・」
立立体からすると複複立体や複立体や立体全てが平面の一つの様相として認識され得る
此処に於いては時空間的有限性も無限性も意味を持たない



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神示と聖書

日月十五
『神は其の日其の時に何をすべきかについて教へるぞ
明日の事に心使ふなよ
心は配れよ
取越苦労するなよ
心配りはせなならんぞ
何もかも神に任せよ』

月光六一
『そなたの苦労は取越し苦労
心くばりは忘れてならんなれど取越し苦労過ぎ越し苦労はいらん
そうした苦労はそうした霊界をつくり出して自分自身がいらぬ苦労をするぞ
何ごとも神にまかせよ』

将来への具体的な準備なれば必要なれど
先々の事は考へてもどうにもならん事も多い
成るに任せる事
(神に任せる事/道に任せる事)
神示の要点の一つだ
と云ふのも其れは“我を出さない”と云ふ事でもあるから



新約聖書のイエスの言葉にも似た言葉ありますね

マタイ8.34
『明日のことを思ひ煩ふな
明日は明日みづから思ひ煩はん
一日の苦労は一日にて足れり』


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岩戸閉めと岩戸開き

ウメ十一
『日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ
外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ
五度ざぞ
判りたか
それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ』

日本に外国の性根を入れたのが岩戸閉め
其れを元に戻すのが岩戸開き


碧玉十
『仏教と共に仏魔渡り来て完全に岩戸が閉められてクラヤミの世となったのであるぞ
その後はもう乱れ放題やり放題の世となったのであるぞ』


最後の岩戸閉めは仏教渡来と云ふけれど
其の後の明治維新と第二次大戦で更に二度閉められ日本は現状再起不能に近いのではないか

特に旧仮名から新仮名への移行
漢字の旧字から新字への移行の影響が大きいと思ふ
あれでそれ以前の文化との断絶が起きてしまった


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学も無くてはならぬが…

日の出六
『神界の事は人間には見当取れんのであるぞ
学で幾ら極め様とて解りはせんのざぞ
学も無くてはならぬが囚はれると悪となるのざぞ』

知識がある程に人は慢心しやすいのかもしれない
人よりも多くを知ってゐる事が優越感を招くのだらう
知識を得るのは楽しいが
仮に其れが正しいとしても真理の片面に過ぎない
ましてやデマやら古い情報やらのデタラメな知識と来た日には目も当てられない…

さうして…

空十二
『学の鼻高さん何も出来ん事になるぞ
学問の世は過ぎたぞ
学者は閉口するぞ』

海十四
『(大峠の)真只中になりたら学でも智でも金でもどうにもならん見当取れん事になるのぢゃ』

岩戸は学問や知識や金銭で開けるものではない
其れ等は関係が無い
但し其れ等に(否定的であれ肯定的であれ)囚はれるならば有害である
つまり物自体よりも固執する事が岩戸開きの阻害要因となる

であるからして割とよくゐるやうな感じの学問や知識や金銭で他人の優位に立たうとする人たちは
神示的には
残念な人たちである


海十五
『学や智や金がチラチラ出る様ではマコトが磨けては居らんのぢゃ
今の法律でも教育でも兵隊でも宗教でもこの世は建直らんぞ』

では何によって建て直るのかと云へば
神示であり神であり中心であり無であり道であり神示の云ふ「・」(一厘)によって である



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岩戸開きへ向けて…

青葉三
『天地の大祓ひと呼応して國の潔斎
人の潔斎
祓ひ清めねばならんのざぞ
与へられた使命果たすには潔斎せねばならんのざぞ
省みる
恥じる
悔ゆる
畏る(おそる)
悟る の五つの働きを正しく発揮して禊ぎ祓を実践せねばならん』

天地の大祓ばかりが進んでゐるやうな気がするのだけど
人と國の潔斎はどうなってゐるのだらう


碧玉八
『大峠の最中になったらキリキリ舞ひして助けてくれと押し寄せるなれど其の時では間に合はん
逆立ちしてお詫びに来てもどうする事も出来ん
皆己の心であるからぞ
今の内に改心結構』


潔斎も改心も今の内だと思ふのだけどね
岩戸開きとかさう云ふ事はあるまいがなと云ふのが一般の認識なのだらう
だから人と國の潔斎は進まない
遅れるばかりだ

まぁ人はね
人それぞれだから中には進んでゐる人もゐるのかもしれないが
國は…まぁ他國は知らぬが日本は何だかもう駄目なやうな気がして来てゐる


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凝り固まると…

松十一
『凝り固まると害(そこな)ふぞ』


身魂の掃除洗濯の一つの提言

人が何に凝り固まるのかと云へば
自分の思考や観念や信条といったモノ
思想やら主義主張やらさう云ふモノ
要するに思ひ込みだ

其れで何を損なふのかと云へば
自分自身の本源を損なふ

日月神示を前提とするならば私らは先づ自分自身から自由でなければならない


思想や思考や観念に自己同一化してはならない
主義主張があるのは勝手だが其れに束縛されてはならない

思想があって人がゐるのではなく
人がゐて思想がある
a prioriなのは人であって思想では無い


譬へば…
平和主義者であるのはいい事だと思はれがちだが
凝り固まると平和の為に(自分であれ他人であれ)人を傷つけ殺しかねない

それは平和と云ふ観念に支配されて
自身の本源を損なひ見失ってゐるのだらう


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生きるも死ぬも

日月三五
『手柄立てようと思ふなよ
勝たうと思ふなよ
生きるも死ぬも神の心のままぞ
火降りても槍降りてもびくともせんぞ』

誰しも手柄は立てたいもの
争ひ事では勝ちたいもの
しかし其れに固執してはならない

無論神示は勝利や手柄を禁止してゐるわけでは無い
其れらは淡々と為すべき事を為した結果として転がり込んで来るかも知れないが
何処か他所へ転がって行ったとしても其れもまた神の心
私らがとやかく云ふ事では無い

場合によっては固執するほどに遠去かる事もあるだらう


ウメ十一
『死ぬ時は死んだがよく
遊ぶ時には遊べ遊べ
嬉し嬉しざぞ。』

月光四十
『冬になったら冬ごもりぞ‬
‪死ぬ時には死ぬのが弥栄ぞ‬
‪遊ぶ時は遊ぶがよいぞ‬』

時節に則った存在の仕方
道を知らねば不可能な在り方

実際なかなかさう泰然自若としてもゐられない
大抵の私らはやはり生を望み死を忌避するだらうから

神示の道は簡単ではあるのだらうが
自意識の強固な私らには遠い道なのかも知れない

生きる時には生き
遊ぶ時には遊び
死ぬ時には死ぬ

結局のところ

日月五
『死も無く生も無いのぞ
神心あるのみぞ』

神示の極致
さう簡単には届かぬだらう


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食糧危機の可能性

何だかジャガイモの値段が高いのだが
長雨の影響だらうか
日本に限らず気象変動やイナゴで農作物に影響の出てゐる地域は多いらしい

食糧供給については今迄も世界の何処かで必ず飢餓が存在してゐたが
それは配分がおかしかっただけで
全体としては供給過剰であったと私は認識してゐる

しかし今後はどうなるのだらう
もしも絶対量が不足したならば食料品の価格の暴騰から始まりやがては金を出さうにも食品自体が無くなるだらう
果たしてそのやうな事が起こり得るのだらうか

日月神示には次のやうにある

風十一
『日本の國に食物なくなってしまふぞ
世界中に食べ物なくなってしまふぞ
何も人民の心からぞ』

やはり食糧危機は不可避だと思はれる
ただ…続けてかうあるのだがよく判らない

『食物なくなっても食物あるぞ
神の臣民人民心配ないぞ
とも食ひならんのざぞ
心得よ』

超常的な何かが起きて信仰者が不食になるわけではないだらうし神の臣民が何故心配無いのかは不明だが
兎にも角にも飢えて共喰ひするのはヤバいだらう

以下の帖も関連があると思はれる

富士十八
‪『臣民の食い物足らぬことないぞ
足らぬのはやり方悪いのざぞ
‪食ひて生くべきもので人殺すとは何事ぞ』

食糧危機が訪れたとしても
やはり配分が偏りがちになると思はれる
どうせ権力者らが何もかも囲い込まうとするだらう
恐らくは人を殺してまで食糧を掻き集めようとするだらう
もしも公平に分配すれば皆が足りて皆が満足するのだとしても…


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人の心ほど…

日月十九
『人の心ほど怖いものないのざぞ』

富士七
『戦恐れてゐるが臣民の戦位何が恐いのぞ
それより己の心に巣喰ふてゐる悪のみたまが恐いぞ』



戦争も恐いけれども
結局戦争も人の心に悪が巣喰ふてゐるから起きる訳で…

少なくとも人界の全ては人の心が作り出してゐる訳でして…


しかしまぁ出来る事と云へば自身に気付き続け自身を改め続ける事しか無いだらう


因みに…
他人つまり社会や世界を変へようと云ふ者は多いが
真に社会や世界を変へる為にはその構成員か変はらねばならない訳だが
人は先づ自分を省みなければならないから他人をとやかく云ってゐるヒマはないやうに思ふ

また他人に切っ掛けを与へる事は可能だらうが其の切っ掛けを生かせるのか否かは他人次第だから結局他人や社会や世界を変へると云ふのは幻想に過ぎない

まぁ結果としてなら変はり得るし
表面的には幾らでも変へられるかもしれぬし
実際変はって往くのだらうが
内実が伴はないから同じ事を繰り返し続ける



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翡翠

宇宙も人の心も

黒鉄三七
『宇宙は人間の心のままと申してあらうが
宇宙は未完成のものと申してあらうが
永遠に未完成であり弥栄であるぞ
其処に生命あり喜びあるのぢゃ』

宇宙は未完成であり
永遠に未完成であり
其処に生命があり喜びとなり弥栄する

其れはまた人の心も同じである

完成と云ふのは終焉であり真の死である
それ以上は変化変容しないし発展しない事であるから

人も宇宙も永遠に未完成であると云ふ事は
永遠に真の死はないと云ふ事でもある

恐らく一義的にはこれでよいのだらう



しかし…
面白い事に其の未完成は同時に完成してもゐる
宮澤賢治曰く「永久の未完成これ完成である」

生は死と共にあり
有は無と共にあり
未完成は完成と共にある

と云ふよりも寧ろ

生は死の中にあり
有は無の中にあり
未完成は完成の中にあり
変容は不変の中にある

と云った方が適切なやうな気がする

黒鉄三七
『大神の中で宇宙はなりなりてゐるのであるからナリ永遠になるのであるぞ
不変の中に千変万化自由自在の存在を与へてあるのぢゃ』

だから真の死は無いとも云へるが
今此処にあるとも云へる
恐らくは私らの死の印象は何処かズレてゐる



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ヨハネの黙示録に出て来る四種の馬の解釈

ヨハネの黙示録に出て来る四種の馬を解釈してみた

白き馬→第二次大戦での連合軍の勝利

赤き馬→共産主義の勃興と冷戦

黒き馬→経済による世界支配

青ざめたる馬→NWOの表面化と主要各國の超管理社会化
或いは現代文明の爛熟と崩壊

今が丁度青ざめた馬の初期に該当するやうな気がしてゐる

ところで…日月神示には黄の馬と云ふのが出て来る

紫金六
『今迄は白馬と赤馬と黒馬とであったなれど、岩戸がひらけたら、岩戸の中から黄(基)の馬が飛び出してくるぞ、
キが元ぞと申してあろうが、トドメの馬であるぞ、黄金の馬であるぞ、救ひの馬であるぞ‬』


「今迄は白馬と赤馬と黒馬とであったなれど」
これは黙示録の各馬に対応してゐるのではないか

だとすると青ざめた馬と黄の馬の時節が重なると思はれる
つまり青ざめた馬が今時分を指すならば黄の馬の出るのも今時分である可能性が高い

一つの解釈に過ぎないが
間も無く人類の二極化が始まる可能性がある
青ざめた馬に随順するのか
黄の馬に随順するのか

私らはいづれかを選ばざるを得なくなるだらう

此の私見をもう少し丁寧に書くならば…

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私の解釈だと今年2020年の色魂が黄色になるゆゑ
黄の馬が今年では無いかと思った次第

しかしだとするならば
岩戸の中から黄の馬が飛び出してくる」ともある訳だし
天の岩戸開きが今年であると云ふ解釈も正しい事になる

筈なのだが
筈なのだが

何だか間違へてしまったのかもしれないなぁと思ふ今日この頃である

正直なところ私も含めて人界は絶望的である


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真理であり神理を言葉にすると

黄金百
『進めば進む程
始めに帰るぞ
・に至るぞ』

夏十三
『ウの中心はム
ムの廻りはウであるぞ
中心は無限
周辺は有限である事知れよ』


真理だなぁと勝手に思ってゐる訳ですが

これは無から有を見た場合の真理とでも云へばいいのだらうか

さうして重要なのは真理だから日月神示の予言に固執するなら完全に取り違へるだらうとも思ってゐる

ところで有から無を見るとどうなるのだらう

春二一
『大日月国大神としてのこの神は一柱であるが働きは幾らでもあるぞ
その働きの名が諸々の神様の名ぢゃ
無限であるぞ
この方一柱であるが無限柱ぞ
総てが神であるぞ

一神ぢゃ多神ぢゃ汎神ぢゃ
総てが神ぢゃ喜びぢゃ』

星座十三
『一即多即汎
地即天
天即地から表即裏である』


有から無を見た場合の真理
或いは神の構造として記すならかうなるやうに思ふ


・・・・・


秋二六
『中は無
外は有であるぞ
中になる程
無の無となるのぢゃ』


かう云ふ記述があるから
日月神示はデタラメな妄言では無いと当たり前に思ってゐる
信じてゐると云ふのではなく
私においては自明と云ふ他はない



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奥多摩より富士山

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